2026-03-07
美濃灰リバイバル ― 石から壁へ、そして風景へ ―

これまでぼんやりと思い描いていた、金生山の石灰から地域の漆喰をつくる夢をプロジェクトにしたい考え、Topicsに書いてみることにしました。
岐阜県大垣市赤坂町と揖斐郡池田町にまたがる金生山。この山から産出される石灰は、かつて「美濃灰」と呼ばれていました。
石灰を焼き、壁をつくる技術は、古代より世界各地に存在します。その中で日本の漆喰は、消石灰に海藻糊や繊維を加え、水とともに塗り重ねる湿式工法として独自に発展してきました。
そして漆喰の主材である石灰は、産地名を冠して流通していました。
筑前灰(福岡)
津久見灰(大分)
土佐灰(高知)
野州灰(栃木)
美濃灰(岐阜)
現在も金生山では石灰岩の採掘が続いています。しかし、「美濃灰」の名を冠した地域の漆喰は、現在流通していません。

私は金生山を望める地域、垂井町で育ちました。幼い頃から山が削られていく景色を眺めながら、「なぜ、あれほど削られていくのだろう」と胸の奥で感じていました。自然の恩恵を受けて育った私にとって、それはどこか心の痛む景色でもありました。
2015年、ある講演会で偶然漆喰塗りを体験し、漆喰が石灰から生まれていることを知ります。その頃、地産地消という考え方にも触れ、石灰について学ぶうちに、石灰が私たちの暮らしを根底から支えている素材であることを知りました。
石灰は、鉄鋼、化学、建築、農業、食品など、私たちの生活のさまざまな場面で使われています。山はただ削られているのではなく、私たちの生活を支える素材として使われているのだと気づいたのです。
そして私は、この景色に感謝するようになったと同時に「地域の漆喰をつくりたい」と思うようになりました。

様々な活動を経たのち、左官職人が教えるワークショップに出向き、金生山の石灰について知る機会を見つけては足を運び、2020年には左官を本職にしました。
全国各地の漆喰を知るなかで、「美濃灰の漆喰をつくる」という夢は、少しずつ確かな目標へと変わっていきました。
本プロジェクトは
・美濃灰の歴史資料の調査
・原料石灰の成分分析と焼成方法の検証
・伝統的配合の再構築
・現代建築に適応する漆喰の開発
を段階的に進めていく必要があるようです。
美濃灰の漆喰を実現するためには、石灰産業、研究者、左官職人、流通、地域の方々など、多分野の協力が必要になります。このプロジェクトは、そうした人々とつながりながら、少しずつ形にできたらと考えています。

美濃灰の漆喰を製品として流通させることは
・地産地消による輸送距離の短縮と環境負荷の低減
・地域の素材でつくる心豊かな暮らし
・日本らしい町並み景観の再構築
などへとつながります。
漆喰で、日本をつなぐ。
土地の素材を、もう一度素材として立ち上げる。
本プロジェクトは、私にとって大きな挑戦です。
2021年頃に計画なしに動いたゆえに、試作段階まで進みましたが中止する流れとなりました。しかし昨年、そろそろ限界だと感じる中に、また可能性を感じるご縁がいくつかあり、まだ自分に思いがあることを再認識しました。そして、もう一度やれるところまで、時間をかけながらでも進めて行くことにしました。
ただ、やれることを、やれるときにひとつずつ。
ここ数年は、漆喰のことより芸術文化に携わることが増えています。この地域で育ったこと、暮らし、出会い、様々な出来事の中に、自然と人の狭間で感じてきたことを、左官とアートを通して形にしていくこと。それは、地域にある資源を未来へと接続するための実践です。
やがてその素材は、壁となり、
そして風景として現れていくでしょう。
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